小学3年生のときのある休み時間、自然発生的に教室で腕相撲大会がはじまった。
トーナメント形式で行われ、決勝に残ったのはタチ君とタバラ君。
タチ君は米屋のせがれで、学年一の巨漢であった。小3なのにすでに大人のTMレボリューションより大きかった。
一方、タバラ君は学年一小柄ではあったが、やんちゃで喧嘩最強だった。すでにタバコも嗜んでいた。
当然みんなタチ君の圧勝だと思っていた。腕の太さは3倍くらい違っていた。
しかし喧嘩最強のタバラ君には負ける気などさらさらなかった。
強さに対する憧れが人一倍強かったタバラ君は少年ジャンプの愛読者であり、北斗の拳に心酔していた。志村けんと北斗の拳が大好きだった。普段から秘孔の研究に余念がなく、上級生との喧嘩でも五分に渡り合っていた。
しかし今回は普通の秘孔では通用しないと思ったのであろう、禁断の技を決勝の大舞台で実践したのだ。
まず、転龍呼吸法で全身の筋肉を肥大させ、常人では30%しか引き出せない潜在能力を100%まで引き上げた。ケンシロウの上着がはち切れる例のアレである。
次に、自らの両側大腿内側を、皮膚の薄皮が剥けるくらい強く突いた。これはトキがラオウとの決戦の前に突いていたことで有名な刹活孔で、自らの生命力と引き換えに凄まじい剛力を得ることができる禁断の秘孔である。体格に劣るトキが、一時的とはいえラオウに匹敵するパワーを得られたのだ、タバラ君がタチ君に勝つにはこれしかないのである。
いざ試合が始まってみると、みんなの予想を裏切り、ふたりの力はほぼ拮抗していた。さすが刹活孔だ。
しかし時間がたつにつれ、地力に優るタチ君が少しずつ押し始めた。
このままでは負ける、そう感じたタバラ君はここでも禁断の奥義を炸裂させた。
オーバー・ザ・トップ!
スタローンばりに口をひん曲げ、親指を包み込むよう握りを変えたのである。
しかし徐々に沈んでゆくタバラ君の右腕。顔面は紅潮し、プルプルと小刻みに震えだした。
絶対に負けたくはない、スタローンの魂が乗り移ったのであろうか、あと数ミリで地平線に至るすんでのところでギリギリ持ちこたえていた、その時である。
パチンッッ!
僕はそのときはじめて人間の骨が折れる音を聞いた。
なぜ常人は潜在能力の30%しかだせないようになっているのか?
そう、骨が折れるからである。
うめき声を上げ激しくのたうち回るタバラ君、びっくりしたクラスの女子が慌てて先生を呼びに行った。
やってきた先生は状況があまり理解できていない、楽観しているのが態度でわかる。
「腕相撲をしてたタバラ君が手を痛がってる」といわれても、ちょっと腕痛めちゃったねくらいにしか思っていない。
なぜなら、先生はタバラ君が刹活孔を突いたことを知らない。
「ちょっと保健室で休むぅ?」くらいの軽い感じで連れて行かれたタバラ君だが、もうその日は戻ってこなかった。
翌日、右腕にギプスをはめた不死鳥が舞い戻ってきた。やはり折れていた。
当然だ。転龍呼吸法に刹活孔まで突いて、挙句の果てにスタローンばりのオーバー・ザ・トップだ。折れないわけがない。
人間の潜在能力を100%にまで上げた漢・タバラ君は、伝説を残したまま小5のときに転校していった。
時は流れ、高校2年のとき、たまたまある駅でタバラ君をみかけた。
短ラン・ボンタンに身を包み、髪は真紅に染め上げられていた。
間違いない、桜木花道だ。スラムダンクだ。タバラ君はまだ少年ジャンプを愛読している。強さに対する探究の手を緩めてはいない。
さすがだタバラ君!
でもさすがに怖くて声はかけられなかった。
40代になった今もタバラ君はいまも少年ジャンプを読んでくれているのだろうか。もし読んでいたとしたら、どうなっているのだろうか。
先日、新井薬師の踏切のあたりで、緑色のマリモのような髪した人の後ろ姿を見た。
うちの子は「ゾロだ!」と言った。
いや、タバラ君だ。